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有能な各外科系専門医の一般消費者への紹介
【本企画の背景と目的】
米国ミネソタ州の人口7万余の小さい町に医療のメッカ、メイヨー・クリニックおよびその財団と医科系大学院(現在医科大学も創設されている)があります。1960年代、当施設に麻酔科学および神経生理学のフェローとして留学していた筆者が大きなインパクトを受けた中に、細分化された高度な専門性とチーム医療の合体による機能性と効率性を希求した医療現場の運営がありました。例えば、麻酔科は当時既に、産科麻酔、心臓麻酔、神経麻酔、一般麻酔、小児麻酔、ペインコントロールユニット、集中的呼吸ケアユニットに分かれており、それぞれ専門の外科系医療チームと有機的にジョイントした手術・治療チームが編制されていました。
このチーム医療は今日でも変わりなく、米国では、その効率化による医療の質が益々増してきているように思われます。それは、数年前、筆者がアルバートアインシュタイン医科大学病院で開心術中の中枢神経モニタリングの話をさせていただいた折、集まって下さったのは、麻酔科医のみならず、心臓外科医、専門の看護師、体外循環機器を操作するエンジニア、臨床生理学者達であったことからも伺われます。
以来、幾度か、米国、欧州、以前の共産圏諸国の医療施設を視察する機会を得た筆者が、結論として言えることは、わが国の医療が極めて非効率的であり、必ずしも消費者(患者)の立場から行なわれていないと言うことであります。その非効率性については、筆者は機会あるごとにこれまで述べてきたことです。それは何も、医療に限ったことではありませんが、特にそれが顕著に出ているのが医療の世界であることは認めざるを得ません。
縦割り社会の中で、医学部の講座制や、一人前の専門医として認めてもらうまでの長い徒弟制度とも言える研修の必要性がその縦割り制をさらに強固なものとしていると言えましょう。勿論、人の命を預かる職業としては長い修練が必須であります。いや、医師として医療行為を行う限り、終生、修練を積み重ねていかねばならない使命が我々医師にはあります。ただ、その封建的とさえ言える医学部講座制の古い体質や医療制度の根幹を成す医療保険制度にはこれからの社会にはマッチしない制度疲労が見られるのも事実です。
医療の現状や医療行政には国によってそれぞれ個性があって異なり、またそれぞれ問題を抱えてはいます。医療と一口に言っても、その意味するところは幅広くまた奥行きもあってひとつの視点からだけでは論じられませんが、ただ一つ言えることは、それが個々の消費者のニーズに合ったものでなければ消費者の満足は得られないのではないかと思います。其の為には、消費者一人一人がよく考え自らに合った手段(医療施設、医師、コンサルタント、医療保険など)を選ぶことが出来るのが理想であります。しかし、そのためには、それが可能な社会機構やサービスが整備され提供されていなければなりません。しかしわが国の状況は消費者自らが自由に選べる社会機構にはなっておりません。
わが国の医療保険制度下でも、表向きは消費者(患者)がどの施設でもどの医師でも自由に選べることになっています。しかし、施設の内容や医師その他の医療スタッフの内容まではなかなか素人には分らない状況です。前者即ち施設内容については日本医療評価機構の評定があるのである程度は知ることが出来ますが、ただこれも中小の病医院は評価の対象になっておりませんし、医師の技術的内容までは知ることは出来ません。
消費者の立場からすると、何よりも知りたいのは自らの病気を担当してくれる医師がどの程度の技量と知識を有し人格的にも自らの命を託せる人物なのかが最も知りたい事柄ではないでしょうか。しかし、現状では、消費者にはなかなか正確な情報は伝わってきません。
たとえば、今、ある公立病院に有能な脊椎外科医が居たとします。その医師をよく知っている開業医の紹介によって、とも角、其の専門とする脊椎外科医の許に患者が多く集まったとします。しかし、其の医師が日夜手術をこなしたとしても、公的機関であるため、その医師の待遇が上がるわけでもなく、所属の専門スタッフが増えるわけでもありません。無理して、健康を損ねるのが落ちです。忙し過ぎれば、文献を調べる時間もないでしょうし、自らの臨床成績を発表する時間もなくなるでしょう。従って、このような状態は長続きはしないでしょう。そこで、その脊椎外科医は自らの健康を守るためには患者数を制限せざるを得ないかもしれません。また、其の医師の患者が増え、入院ベッドが他科のベッドにも及ぶとなると、公的病院の常として他科からも文句が出るでしょうし、手術部のスタッフからも手術制限という抑制がかかってくるでありましょう。また、其の医師が最新の治療機器を使用するとなると、現医療保険では反って病院経営も成り立たなくなる可能性もあります。このようなわが国の医療の現状では、有能な医師は種々の抑制に遭って多くの消費者に自らの技量を十分に発揮出来ず、また何らのインセンティヴも与えられていないのが現状であります。
米国のように、医療が資本主義経済の中で一企業として行われ、医師の技量を含めた医療内容が公開され、競争原理の働く場で評価されておれば、上記の有能な医師や施設には患者が集中するでしょう。病院側もその医師のために最大限の努力をするので、即、症例数と医療の質とは大体平行することになります。しかしながら、わが国では上記の理由から、症例数のみではなかなか評価を下すのは困難であります。症例数に代わる評価法はないものでしょうか。
麻酔科医師は其の多くの時間を手術部において手術患者の術中全身管理に当っており、ヴァイタルサインや術野を絶えず観察しています。また、術前の患者の状態を把握し術中全身管理に備えており、術後は必要に応じ回復室や集中治療部において術後管理に当っています。つまり、患者の術前・術中・術後(周術期)の患者の全身管理に当たっています)。術中、術野の血液の色や出血量等の観察も、患者の全身状態を把握する一つのサインです。また、術野の観察から手術の進行を把握し手術操作をやり易くするための舞台装置(筋弛緩薬を使用し呼吸を一時的に止めて静かな術野を提供したり、血圧を一時的に下げたり血液を希釈させて出血を抑えたり、副交感神経遮断薬を使用して有害反射を抑えたりして)を作り出しています。その様な事から外科系医師の技術力を容易に評価しやすい立場にあります。また、手術態度を通して外科系医師の人物や人間性も見る事が出来ます。また、手術の適応に関しても第三者の立場から、ゲートキーパー的役割も果たしております。そのような麻酔科医師の立場を生かし、有能な外科系医師を一般に紹介するのも、もう一つの社会的貢献であると確信し本企画を思い立った次第であります。
全て、調査に推計学的完全性を求めることは困難ですが、比較的客観性を得る為に麻酔科指導医の資格(医師免許取得後麻酔科研修5年以上経ってから筆記試験、面接試験、実地試験合格後与えられる)を有する複数の麻酔科医師、自らの勤務する施設のみならず、その周辺地域、さらに、周辺地域外の外科系医師をも調査対象としました。すべて、複数の麻酔科医師による点数表をホットラインで集計することにしました。医師の人格まで数値化することは困難であるので、これについては参考事項として加える事にしました。
医師も人間である以上、技術や知識は成長しますし、逆に後退もあり得ます。医師は患者の生命を預かる者として臨床に携わる以上、終生たゆまず修練を重ねていかねばならない宿命を負っております。従って現時点で有能であると判断された外科系医師が数年後も有能であると限らず、また、その逆もあり得ます。医師としての能力と努力には個人差があるからであります。
このような観点から、本調査は継続的に行っていく必要があります。さらに、調査を麻酔科医による評価のみならず、専門医間の評価、手術の遠隔成績、国内国際学会誌への投稿、患者やパラメディカルスタッフによる評価にも広げる必要があろうかと思います。
上記の主旨に賛同され、ご協力頂ける先生はNPOヘルスケアサポートセンターのホームページより外科医師をご紹介ください。
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